風景ブログ
風景マスターの日常をつぶやきます。
人間力って……。
知り合ってまだそんなに長くはないんだけれど、縁あって仲良くしてくれている人がいます。
彼女とはいろんな話をします。
素敵な彼氏がいて、ゴキゲンな両親がいて、仕事めちゃくちゃ頑張っていて、とても前向きでいつも明るく元気です。
こう書くと、ちょっと腹も立つくらいの幸せな人という印象です(o^_^o)
まあ事実彼女はとても幸せなのですが。
いや、幸せを感じている、と言った方が正確でしょう。
けれど、彼女といろんな話をするうちに、それらはすべて彼女の感じ方ひとつで、もしも今、誰か別の人が彼女と同じ状況にストンと入ったなら、果たして彼女のように幸せだと感じるんだろうか、と僕は思ったのです。
人は誰だってそれぞれに辛い経験をしたり、悔しい思い、悲しい思いをしたりして生きています。
それらに大小はないし、勝ち負けもない。
つまりそれらは相対的なものじゃなく、あくまでも絶対的なものです。
ある人にとって生きるか死ぬかの切実な苦しみは、別のある人にとってみればとるに足りない、なんてことないものかも知れない。 けれどその人にとっては本当にこれ以上はないほどの大問題なのです。
ただやっぱり、人間力、というものはあるのかも知れないと僕は彼女と出会い、思ったのです。
たぶん、おそらく、彼女は、なかなかに大変な人生を歩んで来ています。
ただそれは、54年間生きて来た僕が、54年の中で知り合ったり見聞きしたりしたものと比較して、という基準にすぎません。
だから僕の言う、「なかなかに大変な人生」 の信憑性は定かではないけれど、でも少なくとも僕は、「そりゃあきびしい今日までだなぁ」 と感じた。 そしてたぶん僕は、ちょっとやそっとではそう感じないタイプだと思っています。
彼女の名誉のために付け足しておくと、それら今日までのきびしい出来事の数々を彼女は、ひとつとして自分から、「松田さん、私ね……」と言って話していません。 それは例えば、「甘いものは好き?」だとか、「本は読む?」だとか、「きょうだい(兄弟)はいるの?」などの、僕が投げかけたごく普通の質問に彼女が普通に答える、ということで僕が知ったものです。
僕はこう思っています。
いいことも良くないことも、身の回りに起こったことすべて、無駄なものなんて何ひとつないから、普通じゃない辛いことを経験するたびに、きっと彼女自身も気付かないうちに彼女にとっての「普通」がレベルアップしていってるんだろうな……。
「普通」じゃないことを経験したとき、今まで「普通」だと感じていたことがありがたく思えたり、また、なかなかに大変なことが自分にとっては「普通」のこととして取り組めたり……。
鼻がつまったりして今まで呼吸をしていたことに気付いたり、脚を怪我して今まで歩いていたことに気付いたり、事故があって今まで何事もなく目的地に着いていたことに気付いたり、大切な誰か何かを失って今までのなんでもない日常がかけがえのないものだと気付いたり……。
人間は、情けないけれど、失うことによって気付き、学習するから。
それをたくさん経験した人とそうじゃない人とでは、当然、人間力が違って来るんじゃないか。
「普通」のレベルが違うんだろうな、って僕は思っている。
かなわない、かなわない。
彼女は、僕がなんとも感じないことに幸せを感じ、僕がヤだなぁって感じることをなんとも感じない。
血肉化した揺るぎない人間力。
そう考えると、例えば時々目にする「人間力をアップする方法」だとか、「人間力強化セミナー」だとか、可笑しくってたまらない(>_<。)
そんなものは絶対に、絶対にない。
身を持って経験した痛みだけが成し得るものです。
彼女の経験がどういったものなのかなんてことは今どうだっていい。
そして、例えばそれを知って同情したり励ましたりなんてことはもっとどうだっていい。
周りの人間がそんなことしなくたって、彼女は自分で、自分が手に入れた価値観で、とっくに幸せを感じしっかり前を向いて生きている。
この歳になって、まだまだ教えられるなぁ……(^^;)
風景 松田正弘
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