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とりとめもない、愛について



昨日は同級生のSっちんとTが、それぞれの会社の人たちと4名で予約をくれていました。

テーブル席で仕事の話。
4人でたくさんたくさん飲んだり食べたりしてくれました。 m(_ _)m


初めて来てくださったお2人のために、美味しい冷酒やお魚を仕入れていたから、できるだけのおもてなしはさせていただいたんだけれど、よろこんでもらえただろうか(>_<)


初めてのお2人が新幹線の時刻に合わせて帰られ、SっちんとTが残り、1人で来ていたIっちと合流(^-^)


カウンターの3人といろんな話をしました。
むちゃくちゃ楽しかった(^-^)

いつもみんな言ってくれること――「中学や高校の同級生と、いつまでも、こんなに仲良くやっていけてるのは風景があるからや。会う時に、たいそうに時間や場所決めんでも、ほなまっちゃんとこ行ってるし適当に来て、で済むもんなぁ」
( i_i) ( i_i)


こんな言葉がどれほどうれしいことか。


その夜僕は、愛について考えました。


僕はよく愛について考える(^_^;)



だから、僕は、愛というものに対していくつかの定義を持っている。


そして、そのどれもが正しい、という自信がある。


例えばゆうべはこんなことを思った。
その人にいいことがあったりして、その人が喜んだり元気になることが、一点の曇りもなくうれしい、ってことが愛してるっていうことなんじゃないか――


曇り、というのは例えば妬みやそねみ。


これをさらに考え進めると、いま自分がいる状況ってのに左右されることが多い。

自分がとても厳しい状況にいる時に、それとは無関係に誰かのラッキーや幸せが一点の曇りもなくうれしいか――

たぶん、本当に愛している、ということはそういう気持ちになれることなんだろうな、と思うのです。


他人(ひと)の不幸は蜜の味、なんて言葉があるように、もしも人間というものがそういったどろどろとしたものであるなら、こんなにきびしい条件をつけた上で、それでも愛しているって胸を張って言える人が果たして僕には何人いるだろう。


やっぱりさあ、例えば誰か大好きな友人がめっちゃ幸せそうに浮かれているのを見てさあ、純粋に、ただ純粋に嬉しく思えるのは、自分もまあそこそこいい状態で居れてるからじゃないのか……(>_<。)


自分がフラフラでボロボロな時も、誰か大好きな友人がニコニコ幸せなのを一点の曇りもなく喜べるのかな……(>_<。)


そんなとりとめもないことを考えまくっていたゆうべでした。


つまらない話、ごめんなさいm(_ _)m



風景 松田正弘
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